アビイ・ロードの歩き方―私のビートルズとロンドン―THE WAY TO ABBEY ROAD『アビイ・ロード』のカヴァーを見ていちどはここを歩いてみたいと思った人からとくに何も思わなかった人まで、リアル・ピープルにきくそれぞれのビートルズ、そしてそれぞれのロンドン。

ビートルズブログ アビイ・ロードの歩き方 > 私のビートルズ > #54 アストリットの夢に現れたジョンの力で、夢が実現しました (小松成美)

#54 アストリットの夢に現れたジョンの力で、夢が実現しました (小松成美)

53.jpg

1.アストリットへの100時間以上のインタビューから著された『ビートルズが愛した女―アストリット・Kの存在』(幻冬舎文庫)。アストリットはビートルズや自分自身の写真を新たに焼いてオリジナルを小松さんにプレゼントし、その写真が本に掲載された。文庫の表紙はジョージとジョンの写真。「アストリットが出会った頃のジョージはまだ、本当にかわいい子どもだったそうです。ジョンとポールに匹敵する才能は当時から示されていたそうですが、アストリットが愛したジョージの姿は『可愛い弟』で、彼の愛らしさやユーモアに私も魅了されました。この本に詳しく書きましたが、ハンブルクから強制送還されてしまう話や、ロンドンの街をスポーツカーに乗ってドライブをした話、スペインの島で島の娘に交際を申し込む話など、彼の人なつっこさがよく分かります」。左がアストリットのセルフポートレート。「彼女は2008年5月で70歳。プレゼントとカードを贈りました」

 9歳の誕生日、ヤマハの白いステレオを買ってもらいました。お年玉を握りしめて、近所の商店街のレコード店でLP盤の棚を見ていたとき、『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』のジャケットが目に飛び込んできたのです。それまで私はジョン、ポール、ジョージとリンゴを知らなかったんですが、彼らのチャームに一瞬で買うことを決めました。ステレオでそのLPを聴いて、また衝撃を受けることになります。あのギターと英語の歌声は、私をそれまで知らなかった世界へ誘って、初めて「外国」を感じさせたのでした。

 映画『バック・ビート』(93年製作)を観たときは、ビートルズというアイドルの象徴にもこんな青春時代があったのだと驚愕しました。ハンブルクでアスリット・キルヘヒアが撮ったビートルズ(ジョン、ポール、ジョージ、ピート・ベスト、スチュアート・サトクリフ)は、野心と夢を抱いた若者の姿を写し出していたんです。同時に、アスリットの20代前半のセルフポートレートを見たのですが、その美しさに圧倒されてしまったのです。

 そこで、ビートルズの青春時代と、彼らの親友スチュアートとアストリット、クラウス・フォアマンとの友情を取材したいと考えるようになったんです。主人公は、アストリットと最初に決めていました。表舞台に立つことを拒絶し続けた女性写真家の生涯にも興味があったのです。実際、アストリットに取材するまでには1年以上の時間を有しました。「私はその時代のことは誰にも話すつもりがないので、ごめんなさい」という返事が来たんですね。あきらめきれなくて、何度も手紙を書きました。何度も断られて、最後には「あなたはクレイジーよ」と言われてしまいましたが(笑)、ついに「一度会って話して気が済むなら」と、インタビューを許してくれました。

 取材を始めたのは94年の5月。ドイツ語と日本語でのインタビューは、やはり困難を極めましたね。アストリットは何度も、「北ドイツ人の私と東洋人の成美、親子ほど年が違う私たちがわかり合えるはずがない」と言いました。1週間ほどインタビューを続けた頃、何気ない質問をしていると、彼女は突然表情を変えて「やっぱり無理よ、あなたにはわからないわ。もうこの取材はなかったことにしてちょうだい」と言って帰ってしまったんです。私は呆然として一睡もしないまま朝を迎えました。ところが、翌日、彼女はまた約束の時間に現れたんです。小さな花束を持って。「ジョン・レノンが夢に出てきたの。ジョンは『ロックンローラーなんて不良だと、普通のドイツ人が誰も僕たちを受け入れてくれなかった時代、君は僕たちを受け入れ、その未来と夢を信じてくれた。なのに、なぜ日本から来た若い作家を受け入れないの?アストリットは、彼女の夢を実現することができるんだよ』と言ったのよ。私、やっぱりあなたのインタビューを最後まで受けるわ」と、言ってくれたのです。

 インタビューの場所は、ハンブルクのアルスター湖のほとりにある美しいホテルでした。アルスター湖は人工湖で、市民の憩いの場です。ビートルズのメンバーもここでボートに乗ったり、散歩したりしたとアストリットに聞いて、私も湖畔を歩きました。彼らが演奏していたライブハウスも名前や様式は変わりましたが、レーパーバーンという繁華街に残っていました。彼らが闊歩していた迷路のような街を歩いたのですが、路地の途中に門があって、簡単には入れない地区があります。娼館もあるような地区です。ビートルズのメンバーは門の前に立っているボディガードたちととても親しくなって、どんな場所も自由自在に歩けたそうです。

 リバプールにあるスチュアートのお墓にもお参りに行きましたが、質素な市営の墓地でした。ツアーバスに乗ってジョンの家を見にいったときには、風邪で熱がありました。食欲がなくて、ビニール袋に入ったキャラメルを食べようと袋の口を引っ張ったら、その袋がバンと割れて、キャラメルがバスの通路にばら蒔かれてしまったんですね。すると、ガイドさんが悲鳴を上げたんです。ガイドさんから「今の場所は、ジョンのお母さんが交通事故で亡くなった所ですよ」と言われて、ちょっと背筋が寒くなりました。

取材・文/淡路和子

小松成美
ノンフィクションライター


1962年横浜生まれ。人物ルポルタージュ、インタビュー、エッセイ等を各紙誌で執筆。95年に自身初の単行本としてアストリット・キルヒヘアの人生を描いた『ビートルズが愛した女―アストリット・Kの存在』を上梓する。著書に『中田語録』『中田英寿 鼓動』『ジョカトーレ』『イチローオンイチロー』『和を継ぐものたち』『さらば勘九郎 十八代目中村勘三郎襲名』『信じるチカラ』『中田英寿 誇り』など。2008年の最新刊は、アスリート35人のノンフィクションを集めた『トップアスリート』(扶桑社刊)。


ニュース&トピックス

私のビートルズ


e-days「イーデイズ」は大人の感性を刺激するWEBマガジンです。