アビイ・ロードの歩き方―私のビートルズとロンドン―THE WAY TO ABBEY ROAD『アビイ・ロード』のカヴァーを見ていちどはここを歩いてみたいと思った人からとくに何も思わなかった人まで、リアル・ピープルにきくそれぞれのビートルズ、そしてそれぞれのロンドン。

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#50 アビイ・ロード・スタジオで、なで回すように楽器を触ってきました (姫野達也)

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1. 1976年1月、アビイ・ロード・スタジオでウイングスのメンバーと撮影した写真。「『ぼくがつくった愛のうた』を録音した1年ほど後、安部俊幸とふたりでロンドンに渡ったとき、レコーディングでお世話になったエンジニアに、アビイ・ロードまで会いに行ったんです。そのとき、エンジニアが『ポールがレコーディングしてるから覗いていけよ』って言うんです。レコーディングでナーバスになってる可能性もある訳だし、僕らは、ポールの音楽を作る邪魔をしたくないという気持ちから断ったのですが、外国人にその感覚はわからないらしく、『こんなチャンスは二度とないぞ』っていう感じで、背中を押されるように第2スタジオに入りました。1階にスタジオ、2階にコントロール・ルームがあって、2階なら邪魔にならないと思って座ってたら『何で座ってるんだ、降りていけよ』と(笑)。そうしたらポールが気配を感じたらしくて『何かあったのか?』って言ったんです。それをきっかけに紹介されて下に降りたら、ウイングスのメンバーが拍手で迎えてくれました。ポールから担当楽器を聞かれ、僕がギターとキーボードと答えると『そこのピアノで何か弾いてみろよ』と言われました。どうしようかと迷ったけど、思い切って『レディ・マドンナ』を弾いたんです。すると、ポールが僕に合わせてベースを弾くんですよ! 全身鳥肌が立って、もう何が何だか(笑)。夢のようなセッションでした」
2.限定生産10枚組ボックス・セット『LIVE ACT TULIP 1973-1979』。シンコー・ミュージックの資料庫から発見された4回のコンサート(1973年9月23日、1977年3月20日、1979年8月11日、1979年12月25日)のマルチ・トラック・テープを最新技術でデジタル化した。「その時々の記録を残していこうということで録音したものです。フィルム・コンサート用のサウンドトラック・テープもあって、僕自身、今まで聴いたことがない音源ばかりでした。数日間、(最終日は朝の10時から翌日の朝まで)トラック・ダウンに立ち会いました。手前味噌ですけど、つい聴き入ってしまうほどいい演奏だったんです。MCも、くだらなくてイモくさいジョークを言ってたりするんですけど、そこが愛せるっていうか、『ああ、当時こんなこと言ってたな』って懐かしくてね」

 イギリスを訪れるたびに、ビートルズにまつわる名所はひと通り回りました。ロンドンもリバプールも。ジョンやポールの生家、ストロベリー・フィールズ、ペニー・レーンの床屋さん、『ハード・デイズ・ナイト』のオープニングに出てくるメリルボーン駅にも行きましたよ。リバプールは特に印象深かったですね。外国からの玄関口の港があって、生まれ故郷の博多と似た感じがしたんです。

 当時、博多の街には米軍が駐留していた関係で、極東放送(FEN)があったんです。今ほど情報は早くないですけど、海外で流行っている最新のヒット曲がリアルタイムに近い形で聴けました。小学6年の頃、そこで「抱きしめたい」が流れた。硬い、独特の音色(サウンド)のあの曲を何度も何度も聴いて、ビートルズにのめり込んでいきました。

 中学でギターを始めて、最初のグループ結成は高校時代。後に海援隊に入る千葉和臣と、サイモン&ガーファンクルのコピーをやるデュオ「Lilac」を組みました。その後、別のバンド仲間の安部俊幸や財津さん等とともに、チューリップを結成しました。僕らがアマチュアの頃、東京や大阪では反戦歌や四畳半フォークが流行した時代でしたが、関門海峡を隔てた博多は、国内の流行に対する音楽的鎖国状態というか、洋楽をコピーしたりといった独自の音楽志向がありましたね。

 チューリップはデビュー後しばらくヒットが出なかったんですけど、「心の旅」がヒットしてからは、好きなことを自由にやらせてもらえるようになりました。それで1974年に、ご褒美のような形で、アルバム『ぼくがつくった愛のうた』をアビイ・ロード・スタジオで録音することができました。ポールが「マイ・ラヴ」で弾いたフェンダーのエレピが廊下にさりげなく置いてあるとか、何の変哲もないメガホンが、ジョンが「イエロー・サブマリン」で使ったものだとか聞くたび、「おおーっ」と興奮したりして、なで回すようにいろんな楽器を触ってきました(笑)。

 当時から今まで、ビートルズはずっとお手本です。聴いた感じ、シンプルに思えますよね。「頑張れば自分にもできる」という気にさせてくれる。でも、実際にやってみると難しいんですよ。ちょっと音をぶつけてみたりとか、不協和音の使い方とか、簡単なことをおもしろく組み合わせて、複雑なものを作り上げているんですね。そういうことに気がつけばつくほど、深みにはまってね。簡単そうなのにかっこいい。それがポップ・ミュージックの真髄のような気がして、「僕はこれをやるんだ」と思いました。

 今回発売するチューリップのライブ・ボックス・セットには、ビートルズのカバー「イエスタデイ」「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」も含まれています。ステージでやるかどうかは別に、リハーサルではビートルズやウイングスをよく演奏しました。76年にはビートルズのカバー・アルバム『ALL BECAUSE OF YOU GUYS―すべて君たちのせいさ』も出しました。一番楽しいレコーディングでしたよ(笑)。一生懸命コピーしました。アレンジは変えたくなかったんです。ポールも自分のライブで、ビートルズの曲のアレンジを変えませんよね。フレーズひとつひとつに想い入れがあって「待ってました!」とばかりに、みんなが知ってるサウンドで出てくるのがいいんです。

取材・文/鳥居一希

姫野達也
ミュージシャン


1952年2月1日、福岡市に生まれる。72年6月5日、チューリップのメンバーとして「魔法の黄色い靴」でデビュー。73年リードボーカルをとった初のシングル「心の旅」が大ヒットを記録。その後「夏色のおもいで」「銀の指環」「ぼくがつくった愛のうた」等のヒット曲を歌いボーカリストとしての頭角を現す。85年チューリップを離れ、安部俊幸らとalways を結成。97年からTULIPとしての活動を再開。翌98年にはテレビ情報番組のキャスターを務めるなど音楽以外の分野でも活躍。デビュー30周年を迎えた2002年には、初のソロライブを全国5都市で開催し、04年、07年とソロツアーを続けている。チューリップとしては2000年、02年、05年と全国ツアーを展開し、07年から始まった35周年ツアーも08年2月に大盛況のうちに千秋楽を迎えた。
チューリップ オフィシャルサイト

2008年9月26日発売の『LIVE ACT TULIP 1973-1979』はネット先行予約&販売の生産数限定商品で、一般CDショップでの販売は未定。詳細と予約に関する情報は以下のサイトから。
シンコーミュージック・チューリップ・スペシャル・サイト
財津和夫 オフィシャルサイト


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