#46 ジョージ・マーティンを知って音楽プロデューサーになる光がさした (川原伸司)
1.ビートルズが『サージェント・ペパー』以降実際に使っていたコンソールの前で、ヘイリーが撮影した写真。「ヘイリーのレコーディングでブリティッシュ・グローブ・スタジオ(ダイアー・ストレイツのマーク・ノップラー所有)に行ったら、『EMI』と入った写真で見覚えのある調整卓が置いてありました。通称REDDテーブルと呼ばれるこの調整卓は、アビイ・ロード・スタジオを改装するときに廃棄処分されるところを、ノップラーが買い取ったんだそうです。ビートルズそれぞれがこの卓を前に試行錯誤したのかと思いを巡らせると、胸がいっぱいになりました。そのオリジナルに触れられたのは、いちばんうれしい出来事でした。いっしょに写ってるのはエンジニアのスティーヴ・ロウで、ジェフ・エメリックやケン・タウンゼンドのアシスタントから仕事をしてきた人です。ここには、ポールが船上で『ロンドン・タウン』を録るときに使ったモバイル式の8チャンネルの調整卓もありました」。
2.監修をつとめたジェフ・エメリックの著書『ザ・ビートルズ・サウンド最後の真実』(左)と、日本盤のライナーノーツを書いた『ジョージ・マーティン・ボックス』。「エメリックとは、この本が縁でメールのやり取りをするようになりました」「マーティンのボックスには、僕の大好きな冒険心にあふれた若い頃の彼のストリングス・アレンジが集大成されています」。
1965年冬、「ロック・アンド・ロール・ミュージック」を初めて聴いたときに、ジョージ・マーティンがピアノを弾いていることを知りました。アメリカ盤の『サムシング・ニュー』にはProduced by George Martinと書いてあって、「プロデューサーっていったいなにをする人だろう」とものすごく興味がわきました。ストリングスを入れたり、ピアノをアンサンブルで弾いたりするマーティンの役割は大きくて、ビートルズはロックやクラシックのジャンルを超越して音楽を創造していることがだんだんとわかってきたんです。ライブをやめてスタジオ・ワークに専念するようになると、ますます魅力に感じました。僕はもともと人前に出るのが好きじゃなかったので、プロデューサーとして音楽の仕事ができたらいちばんいいと思うようになりました。思いどおりの職業に就いて、野村義男くんを中心にザ・グッバイを作ったときには、ビートルズのように4人で成立するバンドを意識したので、なんとなくジョージ・マーティンの気持ちを疑似体験できたような気がしました。
2008年3月から4月上旬にかけて、ニュージーランド出身のシンガー、ヘイリーによる日本のポップスのカバー集を制作するために、ロンドンに行きました。彼女はもともとジョージ・マーティンと息子のジャイルズがプロデュースしているだけあって実力ある歌手で、なんとなくメリー・ホプキンを連想させます。日本では初期の頃の森山良子さんや天地真理さんのようなタイプ。僕もちょうどホプキンの「グッドバイ」みたいな曲をやりたいと思っていたところでした。ヘイリーの代表曲「アメイジング・グレイス」も、岩谷時子さんの日本語の詞でセルフ・カバーして入れることになりました。オリジナル・バージョンはジョージ・マーティンがスコアを書いてジャイルズとともに制作した完璧な作品だったので、それとは違う視点から制作しないと発表する必然はないと考えて、ヘイリーと2005年に亡くなった歌手の本田美奈子さんをバーチャル・デュエットさせることにしたんです。ビートルズの「フリー・アズ・ア・バード」みたいなものですが、当時よりも技術が進んでますから、もう少しナチュラルにできたと思います。
2007年7月には、服部良一先生のトリビュート・アルバムを作るために、マーティン所有のエア・スタジオに行きました。教会を改装したスタジオで、ここでロンドン交響楽団の演奏を聴くと世界でいちばんいい音がするくらいすぐれています。入口の左側には、マーティンが書いた「イエスタデイ」のスコアが、当時のまま鉛筆の書き込みも見られる状態で、マーティンとポール・マッカートニーのサイン入りで飾られています。
僕はビートルズからジョージ・マーティンを知りプロデューサーという職業を知りました。ロンドンで仕事をしていても敢えてアビイ・ロード・スタジオを使わないのは、答えを出したくないからなんです。ある種の妄想が今までこういう仕事をうまく続けさせてくれていたと思うし、イメージのなかだけで作り上げたほうが、かえってオリジナリティの高い作品が生まれると信じているんです。
取材・文/吉野由樹
川原伸司
ソニー・ミュージックエンタテインメント チーフプロデューサー
1950年東京生まれ。プロデューサーとして杉真理、ザ・グッバイ、TOKIO、中森明菜などを手がけ、金沢明子の「イエロー・サブマリン音頭」の企画でも知られる。2007年に『服部良一〜生誕100周年記念トリビュート・アルバム』などでレコード大賞特別賞を受賞。また、作曲家としても平井夏美のペンネームで井上陽水「少年時代」、松田聖子「瑠璃色の地球」などを発表。2008年にはプロデュース作品ヘイリー『純〜21歳の出会い』が6月4日に発売。先行発売シングルのヘイリーduet with本田美奈子.「アメイジング・グレイス」には、ジョージ・マーティンのアレンジ・指揮によるバージョンも収録。






