#45 ビートルズは、存在自体が表現者として優れていた (村松邦男)
1.20年以上離れていたという実家で、ほとんど手つかずのまま保存されていたビートルズのレコード。
2.同じく保存されていた音楽雑誌から、1968年の『ヤングミュージック』。
3.経歴も年代もばらばらのメンバーからなるバンド「R・O・M・A」のファーストアルバム。ジャケットも含め写真は村松さん自身の撮影。「中学の入学祝いにカメラを買ってもらって、いつも持ち歩いていました。ビートルズの映画を観に行った映画館で写真を撮ると、スクリーンの下に頭が点々としてる。ファンは最初から最後まで、椅子なんて関係なしにスクリーンの目の前に立ってるんです」。
映画『ハード・デイズ・ナイト』は5、60回、『ヘルプ!』は4、50回は見たかなあ。ファンの女の子たちは、お目当てのシーンでキャーっと叫んだり、台詞をしゃべってました。たとえば『ヘルプ!』のスキー場のシーン。ジョンが切符売り場で「ロンドン」というところでみんな「ロンドン」て必ず言うんです。
来日公演はステージ正面の一番後ろの3階で見ました。演奏がほとんど聴こえなかったこともあって、音楽としての感動はあまりないんです。今では20世紀最大の音楽家と言われてるけど、当時はただの流行りのバンドですから。当時はビートルズのコンサートを見に行くなんて不良扱いですけど、うちの中学はそんなにうるさくなかったし、その日は土曜で、学校を休まなくても行けたから、学校と闘ったりということはなかったですね。
高校を卒業してからはビートルズからは全く離れていましたが、 30代に入って、アレンジャーの耳で聴いたらあまりにもすごい。「あ、全部やってる」と思って、真似しちゃいそうで、もう一回封印したんです。それをちょっとずつほどき出したのが35歳くらいかな、もういいだろうと思って聴き出したらやっぱりすごかった。
ビートルズの特長は、ロックンロールをシンプルにやってる初期は、アレンジよりは曲のセンスの良さ、特にカバー曲のセンスの良さと、ジョージ・ハリスンのギターのセンスの良さ。ジョージはものすごくセンスがいいと思うんですよ。録音のマジックもあるんだけど、別にどうってことないフレーズなのに、ビートルズがやるとものすごくかっこよく聴こえちゃう。ジョージ・マーティンと当時のエンジニアの人たちがすごく上手だったんだろうなと思います。絶対あんな音に録れませんから。60年代の音楽はどれを聴いても特長があるんだけど、初期のビートルズは際立ってすごいですね。その後音楽的なスキルが上がって、ジョージ・マーティンが管楽器や弦楽器を入れたりちょっとしたアイデアを出してくると、もうアイデアの宝庫です。
ビートルズがいなかったらこの仕事はしてなかったでしょう。音楽だけじゃなくて、その後の色んなものの価値観とか考え方全部の先生、とっかかりを教えてくれた。解散したあとも音楽だけじゃなくて、ジョンやポールそのものがかっこいい。世界中が注目するところで自分の存在自体で、表現者として優れていた。二人も死んじゃったけど、おじいちゃんになっても、ああいうじいちゃんもあるんだなっていうのを見せてもらっています。
取材・文/佐藤義文
村松邦男
ミュージシャン、プロデューサー、アレンジャー
1952年東京生まれ。1973年シュガー・ベイブを結成。アルバム『Songs』、シングル「Down Town」を発表。解散後もソロ・アーティストとして、またサウンドプロデューサーとして数多くのアーティスト、ミュージシャンへの楽曲提供やCM音楽、TV音楽の制作など、幅広い活動を続けている。現在はバンド「R・O・M・A」で活動。2008年7月13日には西荻窪Terra(http://www.wood-corp.com/terra/)にてライブ。また、新人のデモテープを聴くサイト「ネット・スプラウト」
(http://www.net-sprout.com/)にシュガー・ベイブの結成から解散までを描いた『あるバンドの物語』を執筆中。
R・O・M・A http://www.romaroma.net/






