#42 世の中にやさしい気持ちを復活させる音楽活動 (原田真二)
1.2007年にニューヨークのセントラル・パークで行なわれたユニバーサル・ピース・デイにて。「1984年に始まったユニバーサル・ピース・デイに、2006年から出演させてもらっていますが、2007年の会場がセントラル・パークにある野外音楽堂バンドシェルでした。朝鮮戦争、ベトナム戦争から反戦の思いが広がり、2006年からついに広島がジョイントしました。それ以前のアメリカでは広島、長崎はタブーでしたから、大きな前進です。僕は広島を代表して参加し、歌とメッセージを贈っています」
2.思い出のアルバム『ウイングス・U.S.A.・ライヴ!!』。「1977年3月に行なったデビューと高校卒業を記念したコンサートでは、オープニングにアコースティック・ギターで登場し、『ヴィーナス・アンド・マース〜ロック・ショー』のメドレーを、ホーン・セクションも入れた忠実なアレンジで本格的に演奏しました。僕のオリジナルに加えて、『バンド・オン・ザ・ラン』『ジェット』『メイビー・アイム・アメイズド』『イエスタデイ』もやりました。ベース以外は、ポールと同じようにボーカルと、エレキ、ピアノも演奏しました。カバーするためにこのアルバムはほんとうに聴き込んで、コードを聴きとったり、譜面を起こしたりしました。デビュー後はオリジナル中心になるので、こういうステージはこのときかぎりです」
ロンドンには仕事で何度か行った程度ですが、行くたびに通りすがりの人たちにまで親切にしてもらって、大好きな都市です。デビュー直後の1978年には、ポール・マッカートニーに会うという雑誌の企画でポールの自宅のそばまで行きました。アポイントもなく会えるはずないと思ったんですが、ちょうど子どもたちを乗せた車が自宅の門から出てくるのを見ました。すごく派手な色で塗られたお屋敷を垣間見た記憶があります。その数年後、アビイ・ロード・スタジオで知りあいのミュージシャンがレコーディングしているところにちょっと顔を出したこともありました。1995年ごろ、チャリティの企画でジョージ・マーティンと会う約束をしていました。残念ながらご本人が体調を崩されてお会いできませんでしたが、ビートルズにクラシックのエッセンスをもたらした方だし、僕もストリングスのスコアを書いたりするので、ぜひお会いしたかったですね。
1980年夏、僕のアルバムをジョン・レノンにプロデュースしていただく話がもちあがり、オノ・ヨーコさんをとおしてジョン本人も「おもしろそう」と言ってくださって話が進んでいました。翌年レコーディングするつもりで曲を書きはじめていたんですが、河口湖で冬のツアーのバンド合宿中に、ニュースでジョンの訃報に接しました。ほんとうにびっくりしました。僕もデビュー前からのテーマとして世の中にやさしい気持ちを復活させるために音楽活動を続けていますが、そういう意味ではジョンとまったく同じ方向にあるので、出会わせてもらっていたら、なにかが生まれていたかもしれなかったのにと悔やまれます。今年(2008年)5月に憲法9条のための9条世界会議での演奏に参加しましたが、最後に歌われたのが「イマジン」で、ジョンの存在の意味をあらためて感じました。僕もようやく海外に向けてメッセージを発信できるようになり、本当の意味のスタートを切ったところです。
取材・文/吉野由樹
原田真二
ミュージシャン
1958年広島市生まれ。77年に「てぃーんず ぶるーす」でデビュー。作曲家としては杏里、郷ひろみ、沢田研二、松田聖子をはじめ200曲以上を提供。チャリティ活動も精力的に行ない、2000年より自然と心の環境チャリティ「鎮守の杜コンサート」(http://www.gentle-earth.org/)主催。国連本部のカンファレンスに招かれての演奏など、欧米はもとよりアジアにおいても広く音楽活動を行ない高い評価を得ている。6月22日横浜市教育会館、28日広島青少年センター、8月5日(現地時間)ニューヨーク・リバーサイドチャーチほかにてピース・チャリティ・コンサート「グローバルハーモニー2008」を行なう。
原田真二オフィシャルサイト http://www.shinji-harada.com/






