アビイ・ロードの歩き方―私のビートルズとロンドン―THE WAY TO ABBEY ROAD『アビイ・ロード』のカヴァーを見ていちどはここを歩いてみたいと思った人からとくに何も思わなかった人まで、リアル・ピープルにきくそれぞれのビートルズ、そしてそれぞれのロンドン。

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#40 「フリー・アズ・ア・バード」を聴いたときは泣いた (MAGUMI)

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1.ファンからもらった人形。「みんな俺が好きなのを知ってるからくれるんだよね。ライターとかもたくさん持ってる。自分でもちょこちょこ買うし。ポール・スミスとビートルズがコラボした雑貨とかも大好き。家で使ってるコップも全部「イエロー・サブマリン」(笑)。落ち着くし、かわいいし。特に「イエロー・サブマリン」ものはポップだから、いろいろ集めている。雑貨だけじゃなくて音源もたくさん持ってるよ。バージョン違いとかデモ音源とか大好き。ジャケット違いとかには興味はないんだけど、ボツにして捨てたような曲でも聴けたらすごい嬉しい」 。

 アビーロード・スタジオには『マイム』(’93年にリリースされたレピッシュの6thアルバム)のトラックダウンで行った。エンジニアはスティーヴ・ナイ。泊まったのはスタジオに隣接しているフラット。部屋自体もスタジオの真横。きれいで、バーベキューとかもできるようなす〜ごい広い中庭がついてて、環境はめちゃくちゃよかった。なのに中華街で麻雀卓買ってきて、毎日麻雀やってた(笑)。写真を見ても、酔っ払って泥のように床で寝てたり、そんなのばっかり(笑)。でもアビーロードに行けたのはやっぱり嬉しかったよ。ミーハーな俺もここまで来れたか、って(笑)。しかもそこで仕事ができるわけだから、ファン冥利につきる。外の壁がラクガキだらけなのと、横断歩道の線が昔と変わっちゃってたのは哀しかったけどね。ミックスだけだから使ったスタジオは2スタ(ビートルズがよく使っていたスタジオ)じゃなかったけど、いろいろ見学はしたよ。帰るときにアビーロードのトレーナーとTシャツとキーホルダーをセットでお土産にくれたんだよね。決してかっこいいものではないんだけど(笑)、今でも着ずに大事にとってある。
 ビートルズと出会ったのは中学に入ってから。知ってる曲は何曲もあったけど、ちゃんと興味を持って出会ったのは中学1年。「キャント・バイ・ミー・ラヴ」を聴いていい曲だなと思って、調べたらビートルズだった。で、それが入ってるアルバムを友達に借りてカセットにダビングして。その後どのアルバム聴いてもよくて、どんどんハマッていった。いちばん好きなのはポール。高校のとき、入院していた恭一(レピッシュのギタリスト)を連れ出してウイングスのフィルム・コンサートを見に行ったこともある(笑)。とにかくあの人の書くメロディが好き。作曲者としていちばん好き、声も好き。いちばんよく聴いたのは『タッグ・オブ・ウォー』かな。でもここ10年くらいは秘密兵器を隠してる気がする。「レット・イット・ビー」や「ヘイ・ジュード」みたいな曲を書かなくなってるでしょ。ああいう曲があると他の曲も生きてくるのにね。自分で封印してるんじゃないかな。もう飽きてるのかもしれないし、書かなくても歌う曲はいっぱいあるからね。
 ビートルズは間違いなくフェイバリット・アーティスト。精神安定剤。パンクとかニューウエーヴとかも好きだけど、そういうのとは分けてる。だから「フリー・アズ・ア・バード」は本当に嬉しかった。だってビートルズの新曲をリアルタイムで買えたんだよ? しかももろビートルズの中期的な曲だったから、買って最初に聴いたときは涙が出た。ものすごいプレゼントをもらった感じだった。好きなアーティストの新譜っていうのは、プレゼントだと思ってるから。

取材・文/佐々木美夏  

MAGUMI
ミュージシャン


1963年生まれ。熊本出身。’87年にレピッシュのボーカリストとしてデビューし、ミクスチャー・ロック最前線の独創的な曲作りと大暴れのライブ・パフォーマンスで一躍人気者になる。’89年の3rdアルバム『からくりハウス』はトッド・ラングレンがプロデュース。ソロ・シングル「異邦人」のカップリングとしてポールの「夢の旅人」をカバーしたことも。現在はDJ活動もしつつ、6月11日にいしだ壱成らとのユニットVENUS&MARSのアルバム『blueprint』をリリース。
オフィシャル・サイト http://magumi.jp/


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