アビイ・ロードの歩き方―私のビートルズとロンドン―THE WAY TO ABBEY ROAD『アビイ・ロード』のカヴァーを見ていちどはここを歩いてみたいと思った人からとくに何も思わなかった人まで、リアル・ピープルにきくそれぞれのビートルズ、そしてそれぞれのロンドン。

ビートルズブログ アビイ・ロードの歩き方 > 私のビートルズ > #29 過激なことをやる宿命を『リボルバー』に擦り込まれました (サエキけんぞう)

#29 過激なことをやる宿命を『リボルバー』に擦り込まれました (サエキけんぞう)

サエキけんぞう

1.お気に入りの写真集『MES ANNEES 60, tome 1』を手に。フランスの写真家ジャン=マリー・ペリエによる60年代の作品集で、ビートルズのポートレートも載っている。
2.1966年までのヒット曲を集めたベスト盤『オールディーズ』(未CD化)と『リボルバー』『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』。「小学校4年生でとにかく背伸びして聴いていたので、これは何なのだ?と、『ホワイト・アルバム』は道場のように聴き続けてました。初期の曲みたいに、楽しい〜と思いながら聴くのとは違うんです」

 僕の最初のグループ、ハルメンズに「昆虫群」という曲がありますが、今から考えると、ああいう曲は『リボルバー』にものすごく影響を受けてるわけです。当時聴いても「トゥモロー・ネバー・ノウズ」は異様な世界で、明らかに曲としてはみ出してます。反体制的なニュアンスで世の中に訴えかける、それがロックだという図式が小学生の頭のなかにもできあがってしまったんですね。それを聴いたうえで、『ホワイト・アルバム』の「レボリューション9」とかを小学生がくりかえし聴いてると、なにか外れた人間になっていくわけですよ(笑)。いつか過激なことをやるようになる宿命を、『リバルバー』と『ホワイト・アルバム』によって擦り込まれていた。思えば、ハルメンズみたいなニューウェイブに向かうのは、敷かれていたレールだったんです。
 イギリスにはだいたい用事で行くので、場所を偲ぶようなことはなかったんですが、リバプールの港やペニー・レイン、パブとか、彼らの育ったところには行きたいですね。
 やっぱり音で感動するので、伊豆田洋之さんが歌うポール・マッカートニーは鮮烈な体験でした。ビートルズ・ファンにとって意義が高いものになるのではないかと思って、ライブのプロデュースを買って出たんです。ポールの曲では小品が好きなんですが、甘さにサービスしすぎてる「マイ・ラヴ」も、伊豆田さんが歌うだけで好きになったし。余計なアレンジメントがなくてピアノだけでさっぱり歌うから、メロディの骨格を浮き立たせるんですね。ポールがそういうふうに演奏するのを聴く機会は0パーセント。だからこそ、みなさんに知ってほしいなあという気持ちもあります。僕にとって、「マイ・ラヴ」のような曲を好きになるのは価値観の転換なので、聖地を訪れるぐらい大きな体験なんですよ。
 今まで、ものごとを試行錯誤するときいつも、それはジョン的か?はたまたポール的なのか?という対比が指標となってきました。でもそれらは両方とも「英国的」です。さらに日本も含めたワールドワイドで何かを考えなければならないとき、フランスの人の我が道を行く感じは、人生感にとっても、ポップス感にとっても大変重要であることに気づきました。英VS仏の構図ですね。だから、ビートルズと同じように、僕にとってはフレンチ・ポップが大事なんです。
 フランス人にとっては最大の歌手であるクロード・フランソワのトリビュート・アルバムをこのたび作りました。彼のヒット曲「あのとき」をYMCKがカバーしたのですが、原詩に「ビートルズがデビューして、それはすごいもんだったけど、俺は俺の道を行くさ」というフレーズが出てきて、それを生かした日本語訳にしました。まさに、フレンチ・ポップのスタンスを現していると思いませんか。ビートルズは、こうしてちょっと離れて見るとまた、より多く発見があると思います。

取材・文/淡路和子

サエキけんぞう
ミュージシャン、作詞家、プロデューサー


1980年ハルメンズでデビュー後、パール兄弟を結成。プロデューサーとして「伊豆田洋之、ポール・マッカートニーを歌う」「セルジュ・ゲンスブール・トリビュート企画」なども手がける。著書にエッセイ集『さよなら!セブンティーズ』など。2008年にはパール兄弟の紙ジャケット・アルバム発売、クロード・フランソワ・トリビュート『クロクロ・メイド・イン・ジャパン』(4月2日/日仏発売)をプロデュース。
http://www.saekingdom.com/


ニュース&トピックス

私のビートルズ


e-days「イーデイズ」は大人の感性を刺激するWEBマガジンです。