2009.10.09UP
『空気人形』を観たいが、劇場では観ない。おそらく泣くことになるからだ。幼子を亡くされた板尾氏の心境を思いやって。映画とは関係ない。関係ないが、しかし、観る側にとって、現実は映画に侵入する。
仕方なく、井上章一&関西性欲研究会というどこかふざけた、つい研究会をとって、<関西性欲>だけにしたほうがインパクトがあるな、とか考え、<関東性欲>とどちらが強いのか、と考え、関西から関東にきたオレの性欲はどうなる? と考え、<九州性欲>VS<北海道性欲>とかタイトルのポルノ・アクション映画を誰か作らないかな、と考え、ともかく、井上&性欲の『性の用語集』の<ダッチワイフ>をひもとくと、「そのイメージは口をぽっかり開けた空気人形」とありました。南極一号ちゃんよりも、小生は抜けのいい(ア、あっちの抜くではありません)竹(ちく)人形が気持ちよく眠りにつけていいです。
ジム・ジャームッシュの『リミッツ・オブ・コントロール』は、一人の刺客がスペインに送り込まれ、次々彼の前に現れる暗殺組織のメンバーとマッチ箱のやりとりを通して、対象に近づいていくお話であるが、サスペンスはない。ジャームッシュの狙いはそこにはなく、サスペンスの<間>をたっぷりとって、マドリッドを中心としたスペインの空気を映画に流し込むことに費やされる。

バルセロナを避けたのは、むろん、その地で、老ウディ・アレンが自分のイドの化身、スペインの種馬=ハビエル・バルデム(共演がきっかけで現在ペネロピにイン)を起用して、『それでも恋するバルセロナ』を撮影していたからだろう。マネー・パワーに失われゆくサブカルチャーが放った刺客、というのがジャームッシュ映画の骨子だが、アレン作品と続けて観ればスペイン観光が楽しめる。
ジャームッシュ作品でリレーされていくコードに<ギター>があって、きわめて古いギターが登場する。これでひらめいたのが、パティ・スミスもゲスト出演が可能だったのではないか、ということだ。すばらしいドキュメンタリー『パティ・スミス、ドリーム・オブ・ライフ』で、パティが一九三一年製のギターを<世界大恐慌モデル>(笑by パティ)として大切に持っていることがわかるからだ。

