2009.02.26UP
「キネマ旬報」締切すぎの原稿「ザ・クリーナー 消された殺人」資料として、結局引き合いに出すことはなかったが、窪田順生『死体の経済学』(小学館新書)を風呂、トイレ、ベッド、イトーヨーカドー内<ドトール>喫煙エリアと読み継ぐ。ちかくにスタバもあるが、喫煙は外のみで当日は寒かった。読書も腐敗進行も天候に左右されるのである。

レニー・ハーリン監督作品はおそらく初めて殺人現場、事故現場の後をきれいに清掃するクリーナーという特殊な職種をとりあげた傑作サスペンスだ。
本を読みながら、故郷の村での葬儀に思いを馳せる。代々木ゼミナールの校内放送で呼び出され危篤を告げられた祖母の時は土葬だった。村で最後の土葬だった。40年前のことだ。垂直の深い穴掘り、棺をかついでの墓地までの移動。こうした重労働をすべて村人や親戚に頼らねばならない心理的重荷、加えて衛生面からも、その後一気に死体処理は火葬へと移行した。祖母の納棺(棺は縦型の木箱で身体を折り曲げなくてはならなかった)は家族全員でやったと記憶する。『おくりびと』の納棺師のような存在は村にはなかったのだ。
西洋では、今も土葬というスタイルが多い。火葬にするとゾンビもよみがえりに苦慮するだろうし。肌の色を生前と同じに保つためとられているのが、血を抜き、ホルマリン主成分の固定液を注入するエンバーミングというやりかただ、とその詳細を『死体の経済学』で知った。
マーロン・ブランドが機銃を乱射されて死んだ長男の顔の損傷をきれいにと葬儀屋に依頼していたことを思い出した(『ゴッドファーザー』)。あれはエンバーミング+死化粧に卓越の技を見せろということだったのだ。
