2010.03.31UP
3月15日(月)
藤本幸久監督のドキュメンタリー『アメリカ―戦争する国の人びと』は、2006年から7回の渡米を経て作り上げられた8時間14分の大作だ。映画は、「高校」、「イラク戦争」、「戦死」、「先住民」、「見えない人々」、「ベトナムの記憶」、「抵抗」、「それぞれの春」という8つの物語で構成されている。
戦争の現実は、イラクやアフガニスタンの戦場だけではなく、アメリカ内部からも見えてくる。まず一方に、世界におけるアメリカの役割を設定し、戦争やそのかたちを決定する人びとがいる。彼らの決定には、過去の戦争の記憶が様々な影響を及ぼしている。

冷戦後の90年代にクリントン政権や軍、議会が新たな紛争や問題にどう対処したかを検証したデイヴィッド・ハルバースタムの『静かなる戦争』(PHP、2003年)では、ベトナムの苦い記憶を引きずり、明確な外交政策を打ち出せない政権や軍が、外交問題に翻弄されていく姿が描き出される。ブッシュ政権が9・11からイラク攻撃に舵を切る過程を掘り下げたボブ・ウッドワードの『ブッシュの戦争』(日本経済新聞社、2003年)を読むと、ブッシュやラムズフェルドが、クリントン政権の外交政策、空軍力を主体とした戦術をいかに否定的にとらえ、その弱腰が9・11を招来したとすら思っていたことがよくわかる。
ジョージ・パッカーの『イラク戦争のアメリカ』(みすず書房、2008年)では、アメリカ外交政策に勝利を収めたネオコンが以下のように表現されている。「彼らはヴェトナム戦争のトラウマという余波を受けて政府に入り、冷戦期のタカ派を形成した。アメリカの軍事力を復活させて世界に展開することに経歴のすべてを捧げてきた。30年間の公人生活をつうじて、アメリカが再び弱体化することだけを恐れていた。(中略)クリントンの外交政策はとにかく弱腰だった。ネオコンは自分たちが権力を握ったからにはすべてを変えてみせると誓った」
だが、そんな彼らが仕掛けた戦争はあまりにもずさんでお粗末なものだった。国防総省の関心は戦争の遂行にあり、復興計画をおざなりにしていた。米軍は国を制圧したものの、治安を維持するだけの兵力を備えていなかった。その結果として、略奪によって戦闘や爆撃を超える被害・損失が生まれた。半端な関与や無知によって、各地で暴動が発生するようになったが、米軍はゲリラ戦を想定していなかった。その暴動の進化したかたちが、映画『ハート・ロッカー』に描かれるIEDと呼ばれる殺傷効果の高い手製爆弾だった。
そしてもう一方には、この『アメリカ―戦争する国の人びと』に描かれるように、彼らの決定によって、人生を台無しにされ、精神的・肉体的な痛みを抱え、家族を奪われ、抵抗する人びとが存在する。
「高校」では、元海軍兵士が、これから兵士になるかもしれない高校生たちに軍隊の実情を語る。「イラク戦争」では、イラク帰還兵たちが、人を殺すことや劣化ウランによる被爆などの体験を語る。「戦死」では、戦争で子供を失った両親の哀しみと痛みが、「先住民」では、基地周辺の汚染によって健康を奪われた先住民の苦しみが浮き彫りにされる。
「見えない人びと」では、戦場から帰還し、ホームレスとなって生きる人びとの姿が描き出される。「ベトナムの記憶」では、ベトナム帰還兵たちが、戦場の体験とその後の人生を語る。「抵抗」では、アーレン・ワタダ中尉を筆頭に、戦争を拒否し、抵抗する兵士に光があてられる。「それぞれの春」では、これからブートキャンプ(新兵訓練所)で訓練を受ける若者やそこを旅立ち、戦場に送られる若者の姿が映し出される。
この映画にはナレーションがなく、その解釈は観客それぞれに委ねられているが、8時間14分という時間には意味を感じる。映画の原型になっているのは、以前に公開された『アメリカばんざい』であり、素材や視点に違いがあるわけではないが、登場する人びとと時間を共有することによって、見えてくる、あるいは感じられる空気や世界には大きな違いがある。
そして、この映画に登場するたくさんの人びとのなかでも、筆者に特に強烈な印象を残したのが、ベトナム戦争とその後の体験を語る元海兵隊員のアレン・ネルソンだった。昨年の3月に亡くなった彼は、日本の各地で講演を行い、著書も出しているので、ご存知の方もいるだろう。筆者は彼が語る姿をこの映画ではじめて目にしたが、とにかく語り部としての存在感に圧倒された。

こういうたとえが適切か、あるいは理解してもらえるかもわからないが、筆者はコーマック・マッカーシーの世界を連想した。映画を観たあとで時間ができたときに、ネルソンの著書『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』(講談社、2003年)や『戦場で心が壊れて』(新日本出版社、2006年)も読んだ。この映画は、あくまで8時間14分を通してひとつの世界が見えてくる作品だが、どうしても一部しか観る時間がなければ、筆者は迷わず「ベトナムの記憶」をお勧めする。
