2010.02.19UP
2月5日(金)
2007年の秋に日本公開されたポーランドの女性監督ドロタ・ケンジェルザヴスカの『僕がいない場所』は、心に強く訴えかけてくる力を持つ作品だった。詩人に憧れる多感な少年クンデルは、孤児院を飛び出し、母親が暮らす町に舞い戻る。だが、母親は見知らぬ男と寝ている。行き場のない彼は、川辺に捨てられた艀船で暮らし始める。
台詞や物語ではなく、目線や表情で揺れ動く感情を表現するドロタ監督の抑制された演出、監督が見出した素人の少年が見せる複雑で変化に富む表情、監督の夫でもある撮影監督アーサー・ラインハルト生み出す光と影のコントラストやくすんだ色調。そしてもうひとつ印象的だったのが、マイケル・ナイマンの音楽だった。これまでのサントラの楽器編成とはひと味違い、マリンバをフィーチャーするなど、異なるリズムやテイストが盛り込まれていた。

とここまで書いて、2007年にナイマンにインタビューしたときのことをふと思い出した。その時点ではまだこの映画を観ていなかったので、サントラについて尋ねることはできなかったが、彼は自身のレーベルMN Recordsの新作として、ヴァイオリンとマリンバのコンチェルトを予定していると語っていた。もしかすると、その新作とこのサントラには繋がりがあったのかもしれない。だが、このブログでも取り上げた『Glare』も含め、その後、数タイトルの新作がリリースされているにもかかわらず、そのコンチェルトはまだ出ていない。
ところでナイマンはどんな経緯でドロタ監督の作品の音楽を手がけることになったのか。『僕がいない場所』のプレスによれば、どこかの映画祭でドロタ監督の前作が上映されたときに、ナイマンがそれを鑑賞して非常に気に入り、彼の方から監督に一緒に仕事をしましょうと話をしたらしい。そんなことがあって、『僕がいない場所』の製作に入る前に、監督があらためて音楽を依頼したら、ナイマンがギャラの問題に関係なく引き受け、この音楽を作ったのだという。
ナイマンがドロタ監督の才能を評価しているのは間違いないが、筆者にはそれだけではなく、彼がポーランドに対して特別な関心を持っているように思える。その関心は彼のルーツと深いつながりがある。ナイマンの祖父母は、ポーランドからイギリスに渡ってきたユダヤ系の移民で、20世紀初頭にロンドンのホワイトチャペル地区に住み着いたといわれる。余談ながら、ロンドンのホワイトチャペルといえば、あの切り裂きジャックで有名になった地域ではないか。
そういうルーツを感じさせる作品は、以前にもあった。たとえば、『アンネの日記』のサントラや「ツェランによる6つの歌曲」だ。後者は、両親を強制収容所で亡くし、自分も強制労働を強いられたユダヤ系の詩人パウル・ツェランの詩がインスピレーションの源になっている。
しかし、特にこの数年は、より自覚的にルーツに関わる表現を試みているように思える。まず最近のナイマンは、コンポーザー/ピアニストだけではなく、写真家/ビデオ・アーティストとしても活動している。
2009年の初頭には、彼が<Videofile>と呼ぶ一連の実験的な作品のインスタレーションを行った。そのうちの1本である「Witness 2」では、アウシュヴィッツとビルケナウ収容所の映像が素材になっていたという。
さらに、2009年の3月から4月にかけてロンドンで行われたポーランド映画祭(The Kinoteka Film Festiwal)では、ナイマンがふたつのパフォーマンスを行った。ひとつは、アンジェイ・ワイダ、アンジェイ・ズラウスキ、クシシュトフ・キェシロフスキ、アンジェイ・ムンク、ドロタ・ケンジェルザヴスカといったポーランド映画を代表する作家たちの作品にインスパイアされて作った新作と映像のコラボレーション。
もうひとつは、ナイマン・バンドとポーランドのモーション・トリオの共演で、ナイマンの代表作を演奏する企画だった。モーション・トリオは、1996年に結成されたアコーディオン奏者の3人組で、音域を広げたカスタムメイドのアコーディオンを駆使し、ジャズ、バルカン、タンゴ、ケルト、テクノなどジャンルを自在に越境してユニークな音楽を生み出している注目のバンドだ。
ナイマンとモーション・トリオの共演はYou Tubeでも見られるが、アコーディオンのアンサンブルが曲にぴたりとはまり、素晴らしい躍動感を生み出している。そして、昨年末には、このコラボレーションによるアルバム『Acoustic Accordion』(MN Records)もリリースされたので興味のある方はぜひ。

Nyman & Motion Trio 『Acoustic Accordions
さらに、ナイマンとポーランドのつながりがもうひとつ。しばらく前に、ナイマンがイエジー・スコリモフスキの新作の音楽を担当するかもしれないという噂を耳にした。これも実現したら面白いと思う。
ポーランド出身のスコリモフスキは、17年ぶりの新作『アンナと過ごした4日間』で鮮やかな復活を遂げた。この映画では、孤独な中年男レオンの片思いが描かれる。看護師アンナの部屋を覗いている彼は、彼女が就寝前に飲むお茶の砂糖にこっそり睡眠薬を入れ、熟睡している間に部屋に忍び込む。

映画「アンナと過ごした4日間」 全国順次公開中!(C)Alfama Films, Skopia Films 公式HP www.anna4.com
この映画は非常に切ない愛の物語と解釈されると思うが、筆者はまったく異なる視点を感じた。病身の祖母と二人で暮らすレオンの姿に、ポン・ジュノの『母なる証明』の母親と息子の関係、タル・ベーラの『倫敦から来た男』の父親と娘の関係に通じる世界の現実が見える。
それは、ダルデンヌ兄弟が『イゴールの約束』や『ロゼッタ』で描き出している現実でもある。ダルデンヌ兄弟は、2本の映画に登場する父親や母親が、息子や娘に伝えるべき遺産を持っていないと語っていた。
これらの映画に描かれる家族はすべて孤立している。『母なる証明』の母親は、息子に伝えるべきものを持たず、ただ守ろうとする。息子には通過儀礼といえるものがない。そんな母子は、女子高生殺害事件という闇で繋がる。『倫敦から来た男』の父親は、娘に伝えるべきものがないために、高価な毛皮の襟巻き贈るという奇妙な行動をとる。そんな父親と娘の間には、倫敦から来た男の死体が横たわっているであろう倉庫が象徴する闇がある。
『アンナと過ごした4日間』の祖母は、孫の結婚を望んでいるが、彼女が伝えられる遺産は何もない。そんな祖母と孫の間には、レイプ事件が象徴する闇があり、その闇を延長したところにアンナの部屋があるのだ。
ちなみに、『アンナと過ごした4日間』のイギリスでのプレミアは、先述したロンドンのポーランド映画祭で行われ、スコリモフスキも来場した。そこでナイマンと出会っていても不思議はない。スコリモフスキは現在、ヴィンセント・ギャロ主演の新作『The Essence of Killing』を撮っている。モーション・トリオのHPを開いてみたら、ニュースのコーナーに、トリオのメンバー3人とヴィンセント・ギャロが一緒に写った写真がアップされていた。今年の1月10日の写真だ。彼らが映画に顔を出すことになったらしい。そういう繋がりがあるのなら、ぜひナイマンとモーション・トリオでサントラを手がけてほしい。
