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2010.01.26UP

クリント・イーストウッド監督『インビクタス 負けざる者たち』

1月20日(水)

 大地震に襲われたハイチ。そのハイチ出身で、アメリカに暮らす女性作家エドウィージ・ダンティカが『愛するものたちへ、別れのとき』(佐川愛子訳/作品社/2009年)を書くきっかけになったのは、彼女にとって大切な存在だった父親と伯父の死だった。彼女は、父親と伯父の物語を通して、ハイチの歴史や移民の苦闘を描き出していく。

 この本についてはいずれまた取り上げることもあるかと思うが、その巻頭にポール・オースターの『孤独の発明』から、以下の文章が引用されている。

「死から始めるのだ。そこから、ゆっくりと、生へと戻って行く。そして、最後に、死へと帰って行く。でなければ、だれかについて何かを言おうとしても、むなしいだけ」

 この文章は筆者にクリント・イーストウッド監督の作品を思い出させる。『真夜中のサバナ』に登場する女祈祷師は、「死者と語り合わなければ、生者を理解できない」と語る。『トゥルー・クライム』の主人公である筋金入りの記者は、死刑執行を目前にした男の無実を証明するために、事故死した同僚に導かれるように真相に迫っていく。

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『インビクタス 負けざる者たち』2月5日(金)より丸の内ピカデリー他、全国ロードショー(c)2009 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.

 『ブラッド・ワーク』では、心臓移植手術を受けたFBI捜査官が、ドナーが殺人事件の犠牲者だったことを知り、死者に導かれるように残酷な真実に至る。『ミリオンダラー・ベイビー』では、死を通して生を探求したW・B・イェイツの詩が象徴的に引用される。『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』は、まさに戦場に散った死者たちの声を聞こうとする映画だった。

 そんなイーストウッドの世界は、前作『グラン・トリノ』で変化した。この映画では、死者の声に耳を傾けるだけではなく、死者の側に立っていかにその声を伝えようとするのかが描き出される。生と死の境界から、さらに向こう側へと踏み込んでいる。

 だから、この映画の後でイーストウッドがどんな世界を切り開くのか注目していた。新作『インビクタス 負けざる者たち』では、南アフリカ共和国初の黒人大統領となったネルソン・マンデラとラグビー南ア代表スプリングボクスの主将フランソワ・ピナールの絆が奇跡を生み、世界を変えていく。

 この映画は一見、イーストウッドらしからぬ作品に見える。生と死の境界をめぐるドラマがない。だが、よく見ればそれが巧妙に埋め込まれている。モーガン・フリーマン演じるマンデラの姿は、しばしばシルエットに近いかたちでとらえられ、独特のオーラを放っている。それは、大統領としてのオーラでも、不屈の闘志を持った活動家としてのオーラでもない。

 筆者はその姿を見ながら『ミリオンダラー・ベイビー』のモーガン・フリーマンのことを思い出していた。リングで片目を失い、ボクサー生命を絶たれた男スクラップ。登場人物であると同時に物語の静かな語り手でもある彼は、ジムのなかに幽霊のように存在していた。『インビクタス』のマンデラもそれと同じオーラを漂わせている。

 『ミリオンダラー・ベイビー』には、イェイツの望郷の念が込められた初期の詩「イニスフリーの湖島」という死者の言葉があった。『インビクタス』では、マンデラがピナールに、死者からの言葉としてウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩「インビクタス」を贈る。マンデラが収監されていたロベン島の刑務所跡を訪れたピナールは、そこで死者と生者の媒介者としてのマンデラを見出し、その幻影に導かれるように、舞い上がる砂埃のなかに死者たちを見る。そしてドラマは、死から生へと向かう。

 感動的な奇跡のドラマを描きながら、実にさりげなく死者と生者を結び付けてしまうイーストウッドはやはり凄い。

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大場正明(評論家)
1957年神奈川県横浜市生まれ。中央大学法学部卒。映画、音楽、書物その他の評論。著書・編著書は『サバービアの憂鬱』『CineLesson15 アメリカ映画主義』など。趣味は登山、写真、料理。
大場正明 HOMEPAGE http://c-cross.cside2.com
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