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2010.01.06UP

コートニー・ハントの長編デビュー作『フローズン・リバー』

1月6日(水)

 1月に公開される映画のなかで、筆者が最も心を動かされたのが、1964年生まれの女性監督コートニー・ハントの長編デビュー作『フローズン・リバー』だ。この映画は、2008年のサンダンス映画祭でグランプリに輝き、2009年のアカデミー賞で脚本賞と主演女優賞の2部門にノミネートされ、世界各国で賞賛を浴びている。

 そんな作品がなぜ2010年になるまで公開されないのか。映画のプレス資料には、この作品を公開するシネマライズからの手紙が添えられ、このように書かれている。

「この度、映画館である私どもが直接本作の日本公開に関わることになりました。 現在の洋画市場、ことに作家性の強いもの、あるいはドラマの市場の縮小を考えると配給社の判断も致し方ないと思いつつ、このような良質な作品が日本だけ未公開という状況もしのびなく、また権利元から再三の依頼を受け決断致しました」

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『フローズン・リバー』1月30日(土)より、シネマライズほか全国順次ロードショー

 『フローズン・リバー』には、ふたりの女性が登場する。老朽化したトレーラーハウスに暮らし、夫に逃げられ、経済的に追い詰められ、ふたりの息子を抱えて途方に暮れている白人女性レイ。夫を事故で亡くし、赤ん坊を義母に奪われ、八方塞がりの状況に陥っている先住民モホーク族の女性ライラ。偶然に出会ったふたりは、お互いによそ者に対して抵抗を覚えるものの、それぞれの窮状を打開するために、不法移民を密入国させる犯罪に手を染めていく。

 一見、フェミニズム的な物語に見えるが、それはあくまでひとつの側面に過ぎない。まず、リアリティを生み出すドキュメンタリーに近いアプローチがある。ジョン・カサヴェテスのように、大胆なクローズアップも含め、生身の人間とその複雑な感情を炙り出すスタイルがある。カナダとアメリカの国境、カナダとアメリカにまたがるモホーク族の保留地とその外部、白人と先住民、凍りついたセントローレンス川を渡ってカナダからアメリカに密入国する中国人やパキスタン人など、様々な境界を見つめる視点がある。レーガン政権以後のアメリカ社会に対する鋭い批判がある。

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 筆者は昨年の11月に来日したコートニー・ハントにインタビューした。すごく波長の合う人で、彼女の話を聞きながら正直、興奮した。一見とても穏やかな人物に見えるが、レーガン時代が生み出した風潮について語るときなどには、怒りを露にしていた。そして最後に、「私が話したいことばかりを聞いてくれてどうもありがとう」と礼をいわれた。インタビューは「CDジャーナル」に掲載される。字数が限られているので、いずれ加筆してHPにアップしたいと思う。また、「キネマ旬報」に長めの作品評を書いた。それでもまだ書きたいと思ったことがある。

 この映画を観たとき、筆者はスプリングスティーンの傑作『ネブラスカ』を想起した。このアルバムを作るときに、スプリングスティーンがインスパイアされたのが、テレンス・マリック監督の『地獄の逃避行』だった。彼は、映画のもとになった実話、事件を起こしたチャーリー・スタークウェザーとカリル・フューゲイトについて書かれた本も読んだ。その一方で、いつも読んでいた南部の作家フラナリー・オコナーの小説にもインスパイアされた。だから『ネブラスカ』は、オコナーやその他の南部の作家の世界のように、土地に深く根ざした作品になっている。

 コートニー・ハントも、影響を受けた作家や作品のなかで特にマリックの『地獄の逃避行』を、この作品の風景、危険な空気、サスペンスやアクションを強調していた。確かに『フローズン・リバー』の凍りついたセントローレンス川の風景、ふたりの女性たちがその氷の道を車で往復する映像は、それだけで強い印象を残す。さらに彼女は、テネシー州メンフィス、つまり南部の出身で、やはり土地に深く根ざした感性を持っている。

 そんなハントは、南北戦争を題材にした短編も含めてこれまでの短・長編をすべてニューヨーク州のアップステイトで撮影している。彼女はそこにテネシーを感じるのだという。ではなぜ、実際に南部で撮らないのだろうか。そのことについてはっきりと尋ねる時間はなかったが、筆者はそこに興味を覚える。

 彼女がコロンビア大学の映画学部に学び、その後も東部を拠点に活動しているということもあるだろう。ちなみに、南北戦争を題材にした短編については、実際の舞台はミシシッピだったが、テネシーでは郊外化が進み、1800年代の建造物などがもうなくなっていて、アップステイトにすごくよく似た風景があったのだという。

 しかし、事情はそれだけではないだろう。ハントの母親はシングルマザーで、だいぶ苦労をしたらしい。では、父親はどんな人物なのか。『フローズン・リバー』に描かれる境界について話を聞いているうちに、わずかながら父親の話題が出た。「アメリカには、いまだにバラク・オバマが大統領選に勝利したことを信じない人々がいる、私の父もそのひとりです」

 彼女は南部における生活のなかで、境界というものに強い関心を持つ体験をしてきたに違いない。彼女が温めている長編の企画のなかには、南部を舞台にしたものもあり、それを作ることがあれば、人種差別といったテーマを、もっとストレートに、ガツンと描くつもりだとも語っていた。

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大場正明(評論家)
1957年神奈川県横浜市生まれ。中央大学法学部卒。映画、音楽、書物その他の評論。著書・編著書は『サバービアの憂鬱』『CineLesson15 アメリカ映画主義』など。趣味は登山、写真、料理。
大場正明 HOMEPAGE http://c-cross.cside2.com
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