2009.07.14UP
6月22日(月)
オーストラリアの作家リチャード・フラナガンの『姿なきテロリスト』(渡辺佐智江訳/白水社/2009年)を読了。9・11以後の時代を斬る異色のスリラーだ。
物語の設定は、9・11以後の現代、オーストラリアのシドニー。ポールダンサー(ストリッパー)のヒロイン、ドールの人生は、マルディグラが開催される土曜日から火曜日までの4日間で激変する。

ドールはマルディグラでタリクと名乗る男に出会う。彼はその日の昼間、ビーチで溺れかけていたドールの親友の息子を救っていた。ドールは彼の豪華なマンションで一夜を過ごす。翌朝、彼女が目覚めると、タリクは「すぐ戻る」というメモを残して消えていた。
ドールは、彼が戻ってこないので、帰宅することにする。ところが、マンションを出て、向かいのコーヒーショップにいるときに、そのマンションが警官隊に包囲される。前日、ホームブッシュ・オリンピック・スタジアムで、リュックに入った爆弾が発見され、警察は、テロリストを追っていた。
間もなく、マンションの監視カメラに記録されていたタリクとドールの映像が公開され、ドールは、メディアや当局によってテロリストに祭り上げられていく。
この小説には、様々な社会的背景が描きこまれている。まず、シドニーに暮らす人々の間にある格差だ。「シドニーでは、500万人以上の西部出身者は北部の連中の胸糞悪い気取りと東部のやつらの尊大さに反吐の出る思いをし、100万人ほどの富裕な北と東の人々は、貧しい西の連中の欲の皮が突っ張った俗悪さと物質主義を軽蔑する」
西部出身のドールは、西を出て、自分のなかから西を追い出し、いつか北側で暮らしたいという強い願望に突き動かされてきた。
次に移民や先住民に対する差別。物語には、アジア系、ギリシャ系、レバノン系の移民やアボリジニに対する差別的な感情や、白人優越主義者とレバノン系の移民の間に起こる暴動などが盛り込まれている。ドールは、自分の上昇志向ゆえに、ブルカの女性やアジア系の仕事仲間、ホームレスなどに対してとった冷淡な態度を後に後悔する。
それからグローバリゼーション。タリクとドール両方の正体を知る富豪フランクは、アボリジニ絵画や企業定款の偽造、アンティークの模造、麻薬と人の密売など、グローバリゼーションの権化のような存在だ。タリクは彼に雇われてパキスタンからヘロインを運んでいた。そんなグローバルな密輸ルートがテロリストのネットワークと絡み合うことになる。
そしてもちろん、暴走するメディアや当局にも注目しなければならない。落ち目のキャスターのリチャードは、ポールダンサーとテロを結びつけ、"姿なきテロリスト"を捏造することによって、カムバックを果たそうとする。当局は、権力の乱用という批判も人権も無視して、強制捜査を繰り広げ、ドールを追い詰めていく。
この小説は映画化されるらしい。映画化権を取得したのはスピルバーグのドリームワークスだが、ぜひ社会的な背景をきっちりと描ける監督、脚本家を起用してもらいたい。著者のフラナガンは、以前にこのブログでも取り上げたバス・ラーマン監督の大作『オーストラリア』に脚本家のひとりとして参加していたので、彼が自分で脚本を手がければ、エッジがあって奥行きのある作品になるかもしれない。
