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2009.06.24UP

アンドレア・モライヨーリ監督のイタリア映画『湖のほとりで』

6月1日(月)
 アンドレア・モライヨーリ監督のイタリア映画『湖のほとりで』は、ノルウェー出身の女性作家カリン・フォッスムのミステリを映画化した作品だ。

 これがどんな映画なのかは、ふたつの情報から察することができるだろう。まず、イタリア本国では当初は小さな劇場での公開だったが、口コミで話題が広がり、その結果240館以上で公開されることになった。そしてもうひとつ、イタリアのアカデミー賞にあたるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞で、作品賞、監督賞、男優賞、撮影賞、脚本賞、編集賞など、史上最多となる主要10部門を独占した。

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『湖のほとりで』(C)2007 INDIGO FILMS 7月18日(土)、銀座テアトルシネマ他にて全国順次公開

 この映画には派手さや話題性はないが、心に染み入るような実に深い味わいがある。モライヨーリ監督にとっては長編デビュー作になるが、彼はナンニ・モレッティ監督のもとで長い間助監督を務めてきた。そこで培われた経験や磨き上げられた美学が集約されているといってもいいだろう。

 舞台は、近くに山がそびえ、森が広がり、静かな湖がある北イタリアの小さな村だ。その湖のほとりで村に住む美しい娘アンナの死体が発見される。そして、村に越してきたばかりのベテランの刑事サンツィオが捜査を進めていくと、住民たちがそれぞれに胸に秘めている複雑な感情が明らかになっていく。

 この映画は導入部を観ただけでも、カメラワークや構成、脚本など、いかに丁寧に、緻密に世界が構築されているのかがよくわかる。まず、小学生の女の子マルタが叔母の家から自宅に向かうが、その途中でトラックに乗り込む。やがてマルタの母親と隣人たちが、姿の見えない彼女を探し始め、サンツィオが呼び出される。村の外れに住む知的障害のある男と過ごしていたマルタは無事に戻ってくるが、彼女はサンツィオに、伝説が本当に起こったと告げる。それは、湖には蛇が棲んでいて、それを見ると永久に眠ってしまうという伝説だ。そこで湖に向かったサンツィオと部下たちは、アンナの死体を見つける。周囲に争った形跡はなく、彼女にも苦悶の表情はなく、眠るような姿勢で横たわっていた。

 この導入部は、様々なことを示唆する。自宅に向かうマルタは、出会う人々みんなに挨拶する。小さな村で、住人たちはお互いのことをよく知っているように見えるが、そんな印象は徐々に崩れていく。この冒頭の場面には生きているアンナも登場する。マルタがその前を通り過ぎた家のなかで、彼女がベッドに寝ている。若い男が彼女を起こそうとすると、「夢を見ていた、起こさないで」と答える。そのときのアンナの姿勢は、湖で発見された彼女のそれと同じだ。後の捜査で、その部屋が彼女の恋人の部屋だったことが明らかになるが、恋人も彼女の秘密を知らなかった。

 そして、捜査の進展とともに、深みのある人間ドラマが描き出されていく。住人たちが胸に秘めた苦悩とサンツィオが私生活で抱える問題が複雑に絡み合う。彼が真相を究明するために関係者たちを問い詰めることは、そのまま自分に跳ね返り、自分を見つめなければならなくなる。彼が事件を解決することは、私生活に大きな区切りをつけることに繋がる。

 豊かな自然に囲まれた美しい風景、透明感と静謐さを感じさせる映像、家族や親子の絆を多面的に掘り下げていく構成、そして内面を炙り出す抑制された演出。観終ったあとに深い余韻が長く残り、じわじわと染みてくる作品だ。

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大場正明(評論家)
1957年神奈川県横浜市生まれ。中央大学法学部卒。映画、音楽、書物その他の評論。著書・編著書は『サバービアの憂鬱』『CineLesson15 アメリカ映画主義』など。趣味は登山、写真、料理。
大場正明 HOMEPAGE http://c-cross.cside2.com
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