2009.06.11UP
クリスティン・ジェフズ監督の『サンシャイン・クリーニング』の試写を観る。
2年前に公開された快作『リトル・ミス・サンシャイン』のプロデュースチームが手がけた作品だ。オリジナル・ストーリーで、監督も脚本家も違うが、2本の映画にはかなり共通点がある。

タイトルに"サンシャイン"という言葉が使われている。主人公の一家が暮らしているのは、どちらもニューメキシコ州アルバカーキ。そして、負け組になることを恐れる主人公や壊れかけた家族の奮闘がユーモアを交えて描かれる。
しかし決して二番煎じではない。というよりも、この新作の方がドラマとキャラクターに奥行きがある。
『リトル・ミス・サンシャイン』には巧みなキャラクター設定があった。たとえば、プルースト研究の第一人者を自認するゲイの伯父さん。彼はゲイであることが抑圧となり、プルーストに傾倒していったのだろう。また、無言の誓いを立てた長男が、勝ち組と負け組にとらわれ、通俗的な自己啓発や成功哲学を振りかざす父親に反発して、ニーチェの超人思想に傾倒していったことも察することができる。
では、父親はなぜ勝ち組と負け組にそこまでとらわれてしまったのか。伯父さんや長男の過去も察せられるだけで、ドラマのなかでそれ以上に踏み込むことはない。この映画では、主人公たちの過去が、それぞれの内面だけで清算されていく。もちろん、そういう表現も有効ではあるが、もう少し踏み込んでもよかったと思う。
『サンシャイン・クリーニング』では、主人公の姉妹の過去が掘り下げられていく。30代半ばのシングルマザーで、負け組になることを恐れる姉のローズは、鏡に向かって自分を啓発する。ハイスクール時代にはチアリーダーで、フットボールの花形選手と付き合っていた彼女は、いまは不倫というかたちで輝かしい過去にすがり付いている。
この映画では、アルバカーキの地方の日常がリアルにとらえられている。未来を切り開くための選択肢は決して多くない。狭いコミュニティでは、その選択肢が格付けされ、見栄を張らなければならなくなる。
不動産業で身を立てたいローズは、生活を立て直すために、なにをやっても失敗ばかりの不器用な妹ノラを誘い、金になるという事件現場の清掃の仕事を始める。その仕事は、ある意味で彼女たちの現在と過去を映し出す鏡となる。
この映画の導入部には、銃砲店を訪れた男が、銃を買うふりをして自殺するエピソードが盛り込まれている。新しい仕事を始めた姉妹が目の当たりにするのは、負け組といわれるような人々の人生でもある。さらにもう一方で、彼女たちは過去を見る。姉妹の母親は、彼女たちがまだ幼い頃に自殺したからだ。
ローズとノラが、現在や過去と向き合う姿勢はまったく対照的であり、複雑に絡みあう感情が、このドラマに奥行きをもたらしているのだ。
