2009.04.16UP
エドワード・ルースの『インド 厄介な経済大国』(田口未和訳/日経BP社/2008年)を読了。
2001年から2005年までフィナンシャル・タイムズ紙の南アジア支局長を務め、インド人の妻を持つジャーナリストが、現代インドを多面的に掘り下げたノンフィクション。公平で客観的であろうとするジャーナリストの立場に縛られることなく、かなり個人的な視点で切り込んでいるところが面白い。

「この本では、ほとんどの部分を個人的な視点から一人称を用いて書いている。なかには、批判的な内容も含まれる。ときには強い批判をこめて書かざるをえなかった。インドの政治、経済、司法のはたらきを観察し、記録しようと思えば、ときおり怒りの感情を抑えることがむずかしくなる。今も極端な貧困状態のなかで暮らしている何百万、何千万という人びとのための生活機会が無駄に奪われているのを知り、どうにも腹が立ってくるのだ」
本書には、活況を呈する一方で極端にバランスが崩れた経済、北部インドにおけるカースト間の深い分裂とそれに関わる政治の腐敗、国家としてのインドの歴史やヒンドゥー至上主義の脅威、少数派ムスリムの現状、インドとアメリカと中国の三国関係、インドの近代化と都市化の進展といった様々なテーマが盛り込まれている。
そのなかでもまず印象的だったのが、農村の現状と農村に対する認識のギャップだ。それは、以前このブログで取り上げたアラヴィンド・アディガのブッカー賞受賞作『グローバリズム出づる処の殺人者より』にも繋がるテーマだ。
この小説では、インドの国民の大多数を縛り、奴隷にしている制度が、"鳥籠"という言葉で表現されていた。物語の語り手であるハルワイは、鳥籠が機能するのは、インド人の"家族"が、この籠にインド人をとらえ、縛りつけているからだという。そして、籠から脱出するためには、家族をみな殺しにされても平気な人非人になるしかない。要するに、貧しい農村からニューデリーに出稼ぎに出てきたハルワイのような人々は、家族を人質にとられ、農村に縛られているのだ。
『インド 厄介な経済大国』でも、インド北部の典型的な村が以下のように表現されている。「少し裕福な村人の家には電気が通っているが、それも一日三、四時間程度だ。ほとんどの住民はカンテラの火で夜を過ごす。もちろん、水はわずかしか使えず、数日おきにしか服を着替えない。(中略)平均的な所有地は半エーカーほどで、何とか家族を養える程度でしかなく、市場で売るほどの余裕はない。息子たちの間で土地が分けられるので、世代が代わるごとに一人あたりの土地はどんどん小さくなる。常識で考えてみても、そんな小さな農地では、将来人口がますます増えていく農村で豊かな生活を夢見ることはもちろん、安定した結婚生活さえ、ほとんど期待できない」
インド独立の父ガンディーは、農村哲学を持っていた。本書にはガンディーからネルーに送られた手紙が引用されている。「私は信じている。もしインドが本当の自由を手に入れるつもりなら、そして世界がインドの力を通して自由になるつもりなら、遅かれ早かれ、人は町ではなく村に、宮殿ではなく小屋に暮らさなければならないと認めなければならない。町や宮殿では、何千万という人間が隣人どうし平和に暮らしていくことなどできない。そのときに彼らは、暴力と偽りという手段に訴えざるをえなくなる」
現代のインドで活動する多数の政党のなかで、ガンディーの農村哲学を前面に押し出しているところは一つもない。だが、彼の農村についての考えがインドの行政のさまざまな場面に根強く生き残り、非政府組織や数万の慈善団体にとっては、ガンディー主義が今も主流になっているという。
そして、著者のルースの以下のような考察が続く。「この態度は彼らがまだ、イギリスに対する反植民地運動のころの思想にとらわれていることも示している。農村と"家"は、植民地主義に最後まで影響されることのないインド固有の文化とみなされていた。ガンディーの哲学の大部分に異を唱えた人たち、たとえば、ベンガルの偉大な作家で詩人、また教育者でもあったラビンドラナート・タゴールでさえ、インドの農村を神聖視するようなところがあった――農村に住む人たち自身の間には、そうした態度はそれほど顕著に見られなかったのだが」
『グローバリズム出づる処の殺人者より』の物語は、このような現実に対する痛烈な風刺になっている。
