2009.03.18UP
トム・ティクヴァ監督の『ザ・バンク 堕ちた巨像』の試写を観る。
欧州を代表する国際銀行IBBC。政府、諜報機関、軍事産業、犯罪組織などと繋がるこのメガバンクの実態に、インターポールの捜査官サリンジャー(クライヴ・オーウェン)とニューヨーク検事局のホイットマン(ナオミ・ワッツ)が迫っていく。導入部の政治的、社会的な要素が、アクションやスリラーというジャンルに完全に取り込まれてしまうのかと思いきや、終盤で再び盛り返す。そのバランスは微妙だが、BCCIの金融スキャンダルという過去の事件をヒントに、このような映画を作り上げているところに興味をそそられる。


パキスタン人の実業家アガ・ハサン・アベディが1972年に創設したBCCIは、1991年に金融当局の一斉取り締りによって破綻した。ジョナサン・ビーティーとS・C・グィンが書いた『犯罪銀行BCCI』(沢田博・橋本恵訳/ジャパン タイムズ)には、銀行の実態がこのように記述されている。「BCCIは史上稀にみる一大犯罪組織であり、高利殖をエサに投資家をネズミ講式に勧誘するポンジー型利殖詐欺をこれまでにない規模で展開し、途方もなく大がかりな不正資金浄化をやってのけた。また副業として、通常兵器や核兵器、さらには麻薬取引にも手を染め、二四時間出動可能な傭兵組織を抱え、スパイ活動およびスパイ防止活動をもやってのけ、そればかりか、海運業にも進出し、中東のセメントからホンジュラスのコーヒー、ベトナムの豆に至るまで多種多様な商品を扱った、それこそ史上初の銀行だった」
BCCIは冷戦の時代に巨大なネットワークを築き上げた。そんな実話の背景を現代に置き換えることは、本来なら困難なはずだ。映画の『ウォッチメン』は、冷戦を背景にした原作を、現代に置き換えることなく、そのまま映画化した。だから、冷戦を前提として観ないと、その面白さは伝わらない。しかし、BCCIの場合は違う。『犯罪銀行BCCI』には、「次世代の多国籍企業となることで、BCCIは真の意味で国境を越え、実際に活動している各国の関係当局の芽を完全にくらますことができるようになった」とある。この銀行は、冷戦のなかで世界が政治的なイデオロギーによる綱引きをしている間に、グローバリゼーションの時代を先取りしていた。だから、この実話はそのまま現代に通用する。
また、BCCIがイスラム世界を基盤とした銀行であったのに対して、映画のIBBCが欧州を代表する銀行であるところにも注目すべきだろう。ニック・ゴーチャンとボブ・ウィッティントンが書いた『犯罪銀行BCCIの興亡』(石山鈴子訳/徳間書店)では、BCCIに対する西欧の金融界や監督当局の対応が掘り下げられている。「一九七二年の創設以来、BCCIはその周りに、うさん臭い、いかがわしい顧客を集め、通常の銀行業務以上の便宜を彼らのために図ってきた。しかし、麻薬資金の洗浄や武器取引など、不正行為に関する確たる証拠があったにもかかわらず、規制当局や警察は、汚職を働いた銀行にメスを入れず、十年間そのままに放置してきた」。
また、訳者あとがきのなかのこのような記述にも注目すべきだろう。「BCCIスキャンダルの発覚によって、これほど大がかりな不正事件を許してきた西欧優位の金融監視体制のもろさが露呈した。BCCIにだまされ、預金を失った全世界の罪もない預金者の多くが、手痛い目にあいながらもBCCIに好意的で、むしろ、彼らの非難のほこ先が監督当局に向けられていることは非常に興味深い。アベティが裏をかいた既存の金融体制、すなわち金融の世界秩序に改革のメスが入らない限り、第二、第三のBCCI事件は後を絶たない」
この映画は、第二、第三のBCCI事件を描いているともいえる。IBBCのヒントになっているのはBCCIだが、IBBCはイスラムではなく欧州を代表する銀行であり、この物語には、冷戦からグローバリゼーションへの時代の流れもしっかりと埋め込まれている。その変化を象徴しているのが、IBBC頭取の側近であるウェクスラー(アーミン・ミューラー=スタール)だ。彼は、冷戦の時代には東ドイツのシュータージ(国家保安警察)に属する愛国者だったが、冷戦の終結によって目標を失い、犯罪銀行の頭取の側近になっていた。そんなウェクスラーは、この物語のひとつのポイントになる。
