2009.09.07UP
ニューヨーク、ブルックリンといえば、映画ファンとしてのぼくがまっ先に思い浮かべるのは、この街から颯爽と登場した若き日の映画監督スパイク・リーである。
様々の人種が混在するブルックリンの一角の、猛暑の一日を切り取った『ドゥ・ザ・ライト・シング』('89)を挙げるだけで充分だろう。
しかし、音楽ファンとしてブルックリンに特別の関心を抱くようになったのは、ごくごく最近のことだ──『ブロック・パーティー』('06)というドキュメンタリーがきっかけだった。
数々のミュージック・ヴィデオや、映画『エターナル・サンシャイン』などで知られるミシェル・ゴンドリー監督が撮ったのは、ブルックリンの街角で開かれたフリーの野外コンサートである。
人気黒人コメディアンのデイヴ・シャペルの発案によるこのコンサートはヒップ・ホップ、ラップを中心にしたもので、本来はぼくの興味の外なのだが、鳥肌がたつような感動的一瞬があって、いまだに忘れ難い作品となった。それがジル・スコットとザ・ルーツのMC、ブラック・ソートが共演する「ユー・ゴット・ミー」の後半部分──曲のテンポが変化すると、巨大なPA装置の陰からマイクを手にエリカ・バドゥが登場するのだが、彼女が歌い始めた瞬間、ぼくは訳もわからず感激してしまったのだ。
これを機会に、コンサートの音楽監督を務めたザ・ルーツのドラマー、クウェストラヴに注目するようになったのが、つい昨日の事のように思える。
そのブルックリンの音楽シーンが、最近になって俄かに活気づいてきたと思うのは、筆者のひとりよがりであろうか?
改めてブルックリンが気になり始めたのは、何といってもTV・オン・ザ・レディオという5人組グループの大躍進ぶりがその理由である。『ディア・サイエンス』というアルバムを昨年度のマイ・ベストに選出したぼくとしては、当然ながらその後のグループの動向にも注目してきた。
プロデューサーも兼ねるデイヴィッド・シーテックが手がけたヤー・ヤー・ヤーズの『イッツ・ブリッツ!』というアルバムには、ヴォーカリストのトゥンデ・アデビンペが1曲だけだがゲスト参加している。
マルチ・プレイヤーのジャリール・バントンは、ザ・フィノメナル・ハンドクラップ・バンドというダンス・サウンド・グループのデビュー・アルバムに、これも1曲のみだがギターで参加している。
TV・オン・ザ・レディオに次いで注目を集めているのはグリズリー・ベアとダーティ・プロジェクターズという2つのグループだ。
前者はナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーが大絶賛しており、後者はデイヴィッド・バーンとあるコンピレーション・アルバムで共演済み、という存在だ。
グリズリー・ベアのベーシスト、クリス・テイラーがダーティ・プロジェクターズのアルバムに手を貸したりと、両者の間に音楽的交流があるのも興味深いが、その音楽的方向性には大きな開きがあるのも面白い。
フォーク・ロックを基調とするグリズリー・ベアに対して、ダーティ・プロジェクターズはジャンルを超越した破天荒のアヴァンギャルド、としか言い得ないのである。
ぼくの好みがフォークよりはアヴァンギャルドであることは申すまでもなく、ダーティ・プロジェクターズがもっか、最も愛聴しているグループだが、最初は手強い相手だったことを白状しておこう。
ダーティ・プロジェクターズの最新アルバム『ビッテ・オルカ』(実はこのタイトルの意味もいまもって不明)を初めて耳にした時の印象は、このグループのリーダーであるデイヴ・ロングストレスの歌声がアーサー・ラッセルに似ている、ということだった。

ダーティ・プロジェクターズ『ビッテ・オルカ』(ホステス)
ラッセルといえばハウス・ミュージックからアヴァンギャルドまで、こちらもジャンルを超越した音楽性で知られたチェリストであり、取っつき難い作品も少なくなかった。
ロングストレスの音楽も、しかし、ふとした瞬間にこちらの中に入り込んだかと思うと途端に親しみのあるサウンドへと変貌してしまう点でも、ぼくにはラッセルを想起させる。
例えば「ユースフル・チェンバー」のオープニングのシンセサイザーの浮遊感、「フロレセント・ハーフ・ドーム」のドラムズの炸裂、そして「スティルネス・イズ・ザ・ムーヴ」の奇妙にオリエンタルなフレーズにいたっては一度耳につくと離れなくなってしまうほどである。
オープニングの「カニバル・リソース」を始め、これほど密度の濃いアルバムは実に久しぶり──実にTV・オン・ザ・レディオの『ディア・サイエンス』以来、と断言したくなる。
尚、ブルックリンといえばアニマル・コレクティヴにも言及すべきなのだろうが、新作を何度か我慢して聴いてはみたものの、響いてこなかった。
